酉の市の熊手と税金

 

 横山珠夢 

 ※全国納税貯蓄組合連合会、国税庁主催 
「税についての作文」
東京国税局長賞 入選作品



 私の家では毎年十一月に酉の市に行って、熊手を買って来ます。
熊手には「これでもか!」という位に沢山の縁起物が付いていて、
それぞれに意味が有ります。鶴や亀はもちろん健康で長生きできま
すように。小判はお金に困りませんように。お多福は笑顔が絶えな
い家庭になりますように。こんな風に説明していたら原稿用紙が何
枚有っても足りません。そんな中で良く目にするアイテムが枡です。
『商売益々繁盛』という意味が一般的ですが、もう一つ重要な願い
が隠されている事をご存じでしょうか。
 一升の枡は誰が計っても一升。五合の枡は誰が計っても五合です。
昔の日本は税をお米で納めていました。つまり枡は、公正な徴税が
行われる公正な社会を表しているのです。以前の時代劇では悪代官
が不正な枡を使って農民を苦しめるというシーンが良く有ったそう
です。体が健康で、明るく前向きな心を持ち、一生懸命勉強して働
いたとしても、社会が公正でなければ幸せになれないという事を昔
の人はちゃんと知っていたのです。
 ──あなたはこれだけ世の中から恩恵を受けているのですから、
これだけ税金を納めなければいけませんよ。
 ──あなたは運悪く損な役回りになってしまったから、税負担は
これだけでいいですよ。
 こんな風に瞬時に決めてくれる「税の神様」が居てくれたならど
んなに良い事でしょう。残念ながらこの世にそんな便利な神様は存
在しません。人間が人間の税金を決めるしか無いのです。しかし知
恵を絞れば、神様のような公正な税の仕組みに近付ける事は可能だ
と私は信じています。ただし税の種類や税率は時代によって変化す
る事を忘れてはいけません。どんなにすばらしい枡でも、それを替
えなければいけない時が必ず来るのです。果たしてその枡は正しい
枡なのか、分かりやすく言えばこういう所からこういう形で税を取
る事は世の中にとって良い事なのか否かを判断できる能力が、今後
いっそう市民一人一人に求められるでしょう。
 昔は火の用心のお札はかまどの上、泥棒除けのお札は勝手口に貼
ったそうです。そうして普段からお札を目にする事によって、住人
の防火防犯意識が自然に高まり結果として火事や泥棒に遭いにくい
家になります。税についても同じだと思います。誰だって税金を取
られるのはイヤですし、できれば普段気にしていたくありません。
しかし日頃から税についてしっかり考えておく事が、将来不公正な
徴税に家族が苦しめられる事を防ぐのではないでしょうか。あと三
ヶ月で役目を終える、少し埃をかぶった熊手の中の小さな枡を見て、
そんな思いを巡らせた夏の一日でした。

 

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